昭和47年01月29日  朝の御理解



 御理解 第71節
 「ここへは、信心のけいこをしに来るのである。よくけいこをして帰れ。夜夜中、どういうことがないとも限らぬ。おかげはわがうちで受けよ。子供がある者や日庸取りは出て来るわけにはゆかぬ。病人があったりすれば、捨てておいて参って来ることはできぬ。まめな時ここへ参って信心のけいこをしておけ。」

 信心のけいこ。信心は御理解にこんな、神様へ願うには長いお願いはいらぬぞ。今月今日で頼んでゆけ。朝、起きたら夜中のお礼をし、その日のお願いをなされ、夜になったらその日のお礼をし、夜のお願いをしなさい。今月今日で毎日達者をしたら、それでよかろうがなと教えられております。お道の信心は、確かに今月今日只今を願っていくこと。同時に願ったことに対するお礼を申し上げ、お礼の信心をさして頂くこと。そう思うですね。ところがいと簡単に教えておられますね。
 ご祈念でも長いご祈念はいらぬと仰っておられる。朝起きたら先ず目覚ましのおかげを頂いた事をお礼を申し上げ、夜の事をお礼をしと、仰っておられる。朝起きたら朝目が覚めたら、夜中いうなら熟睡がでけました、安眠のおかげを頂きました、という夜のお礼を申し上げる。たった是だけですけど中々できんのですよ。簡単に目が覚めた時にもう是は私共はま習慣になっておる、習慣になっております。
 目が覚めたらもう布団の中で、そのまま目覚ましのおかげを頂いた事をお礼を申さしてもらいます。お礼を申さして頂きよりますと目が覚めます。神様に通うからでしょうね。その日のお願いをなされ、夜になったらその日のお礼をし、又夜のお願いをしなさいとこうおっしゃっておられる。それを繰り返していく事なんです。金光様のご信心信心生活というものは。ただ自分が苦しいと苦しい事ばっかり、悩みがあると悩みの事ばっかり、で頭がいっぱいになる。もちろんそのことを願うていく。
 所謂稽古をさして貰う。それが繰り返し繰り返し、言うならば三度三度の食事にも似たようなもの。柏手して食物はみな人の命のために天地の神が造り与えたものぞという精神で、お食事を頂きますわねみんな。頂き終わったら又そのお礼を申し上げる。それがなんですかね、三度三度新たな事として、この食物が頂けると言う事と。と言う事だけでもありがたい。昨日高芝さんの所のご両親の式年祭がございました。真心まぁ本当に前々からお願いにお願いし続けて、そしてまおかげを頂かれました。
 本当に行き届いたご霊祭でした。後のご挨拶の中で私、申しましたことなんですけれども、人間がね生きておるということ。同時にぇま、日日ま三度三度のお食事が頂けておるということ。もこれが最高のおかげである。その他のことは全部贅沢だと。そういう例えば見地に立てれる信心内容というものがね、私は素晴らしいと思う。もうお礼を申し上げる事ばっかりだ。ね、
 例えばお生かしのおかげ、はあ、今日私が生きておるということだけでも大変なおかげ。それにお腹が空いたらご飯が頂けれる。食べ物が食べれるという事。ね、お生かしのおかげ頂いておるということだけでも、それなんですけれども。ね、お腹が空いたら、のどが渇いたらお水が飲める、お腹が空いたらご飯が頂けれるということ。もうこれだけでも大変なおかげである。その他のことはもう全部贅沢と、私そういうことを聞いてもらいながら昨日の朝の御理解のあの俊寛のことを思わせて頂くんですね。
 島に取り残されて俊寛が、一晩中これはあの菊地寛のあのなんですね、三人三様の俊寛を聞いて頂いたですね、昨日。平家物語にある俊寛、倉田百三さんの俊寛、いわゆる菊地寛の俊寛。ね、前の日まではあんなに都に帰りたい、二人の友達が赦免になって帰ると、どうして自分だけが取り残されるであろうかと、も、気も狂わんばかりに思うた。もう根も性も尽き果てたように、その夜は浜に寝てしもうた。目が覚めて思うこと、どうして昨日自害しなかっただろうかと。
 船が出る時に向こうの迎に来た役人達の目の前で、帰って行く二人の友達の目の前で、なぜ自害をしなかっただろうかと悔やまれた。そういう中にも、のどが渇いた、お腹が空いてくるのを感じる。そこに岩清水を発見して、水をかぶかぶ飲むというとこ、かぶかぶ飲んでおるうちにもう都の事も、清盛憎いと言う事も、何にも無くなったとこう。もうお互いがのどが渇いて渇いてたまらん、お腹が空いて空いてたまらん時にその一杯のそのかぶかぶ飲ましてもらう、その水を飲む時には何にもないと言う事。
 もう只水を飲んでおると言う事だけなんです。そして腹一杯水を頂いた時にです、ハァー生きておってよかったという実感が湧いてきたというのである。それからヤシの実をちぎって食べて、この世にこんなに美味しいものがあろうかと思うて、愈々生きておる生の喜び。今までは気がつかなかった、ね、例えば海の色のきれいさ、朝日の出のすがすがしさ、今まではね、本当にここをくそ地獄だと思うておった流黄の煙のたなびく、それを見ても有り難かったというのである。それは生きておると言う事がですね。
 この様にも尊いもんだとい心に気づかして頂いた時にはです、もうすでに恨みもなからなければ、つらみもないという心の状態。まぁそれを菊地寛はそんな風に書いているわけなんですね。私そう言う所にたち至った時です、ね、人間は始めて成程他の全ての事は贅沢だという実感が湧いてくるんじゃないかと思うですね。生きておると言う事。今腹一杯になんでも頂いたということ。ね、それを頂く与えられる前の苦しみから、ね、与えられたその喜びというもの。もうそのほかの事は全部が贅沢と言う事。ね。
 そういう心の状態からです、ね、新たな人生というか、新たな生きる希望というものが湧いてきておる。そこからおかげが受けてくる。もうそれこそそれより外に頂けておるものは、もう本当に信心もでけんのに勿体ないというおかげばっかりなのだと。おかげを頂いて寒い思いもせんですむ、着物も着せて頂いておるし、ね、まぁ言うならば、ありとあらゆる贅沢をさせて頂いておる。その事がもったいない。その勿体ないという心がです、只今ここに申しましたようなところになってくる。
 今月今日を願い今月今日をお礼申し上げていくという生活。ね、その生活を私は金光様のご信心だという風に思います。ね、今月今日を願ごうていき、今月今日只今をお礼申し上げて行くと言う事。まぁそれから先なんですね、限りない、所謂贅沢と思われるほどしのおかげが、いやが上にも伴のうてくるという。そこの所をですね、自分が頂かにゃならん、自分が通らなければならない。自分がという我を持ってする所に感謝もなからなければ喜びもない、という殺伐な事になってくるのじゃないかとこう。
 潤いがないねですから簡単にまぁ申しますように朝、目が覚めたら夜の事がお礼申し上げれると言う事。そして又今日一日のことが願われると言う事。夜になったら昼おかげを頂いてきた事をお礼申し上げる。そこの所の例えば繰り返しがです、ね、実感として神様になる程交う様な、どんなに眠かっても目が覚めた事をお礼申しておると、ね、目がパチット覚める程しのです、私おかげになってくる稽古をしなければいけないと思う。信心の稽古というものは、ね。
 それこそ朝のすがすがしさ、昼の忙しさ夜の有り難さ、是が繰り返されていくだけなんだ。ね、それが本当に繰り返えされるところに私はね、所謂勿体ないというおかげ、限りないおかげ、所謂尽きぬおかげ頂けれるのがお道の信心だと。ね、ですから稽古をするというてもそれだけの事、ですからさぁなら今日から忘れんごと、目が覚めたならば夜のお礼を申し上げると。そして今日一日の事をお願いをする。ご祈念という、お祈りというものやらは、決して長いことはいらんと。
 それはね只神様に通うたという、実感が出来る所までなんです。だから長い事いらんのです所が一時間願っても二時間願っても、ね、願い足らんていうか、まだ神様に通うたという実感がないなら、矢張りそれはつまらん。例えばここで月次祭なんかの時にはね、私はそうですねまぁ二分か三分か、長くても五分位な事でしょう。月に四回奉仕されます月次祭。ね、例えば月次祭から月次祭までのお礼が、月次祭とこういわれておる。ね、それを日にちを切って月々一日、十日、十八日、二十三日と言う様に。
 日にちを切って月々のお月次祭が仕えられる。そのいうならば一週間なり十日なりの間のことをもう本当にちくいちお礼を申し上げるが、ほんとなのだけれども、ね。ご神前に座らさして頂きまして、ね、本当に広大なおかげを頂いてありがとうございますという一言のお礼が、神様に聞き届けられたという実感が、心の中に頂かれた時には、もう終わりの柏手を打って私は立っております。ね、確かに長い時間願うということはいらないということなります。ね。
 かというとなら朝のご祈念なんか、また夜中のご祈念なんか致します時には、それこそもうご神前に祈らして頂いても祈らして頂いても、時間を感じない位である。そしてあぁあれもお願いしとかねばならなかった、あれもお礼を申し上げねばならなかったという事の多い事多い事。だけではない本当にあそこの不行き届きであった事をお詫びせねばならんことのもう、言うならばお詫びならお詫びだけで一時間はアッという間に過ぎてしまう。お礼ならお礼だけで、一時間は瞬く間である。ね。
 かというとな月次祭の時の様に本当に二分か三分かで、おかげを頂きまして有難うございますというその一言がです、ね、十日分ものお礼として、私の短い祈りというよりも、ただおかげを頂いて有り難いとそう申し上げた事がです。月次祭から月次祭までのお礼になっておると言う事。そこに私は信心の矢張り稽古がいると思うんです。ね、三代金光様がお書き下げ下さってある、今、私の控においとりましたけれども、最近共励殿の額の下に色紙がかかっております。
 「しんじんの稽古」とひらがなで書いてある。ね、毎朝私出て参りましてから私の部屋で一番始めに金光様にご挨拶さしてもらう。天地を遥拝して、金光様のお写真に向かってお礼を申し上げる。横にしんじんの稽古と書いてある。もうそれが毎日毎日です、もうさらなものとして感じられると言う事。神様今日はどういう手を持って稽古さして下さるだろうかということなのです。ね、もう私共のね生活の全てが、信心の稽古の対象にならざるものはない。ね、もう本当にそうです。ね。
 そういう稽古がです、私は繰り返し繰り返しなされてこそ始めて、ね、ご祈念は長いこといらんと言う様な事になってきたり、又はご神前に座ったら立とうと思うても立たれんほどしに、有り難い勿体ないが募ってくると言う様なおかげが頂かれると。もう是が募ってくるだけなんです。金光様のご信心は。ね、本当に無量の神恩に対して、ね、限りないお礼が申し上げれる。ね、そういう生活が段々、ね、所謂日日の又信心の稽古が、血になり肉になって参りましてから。
 有り難い勿体ない恐れ多いの生活が出来るようになる。ね、そういう生活にならされる時にです、ま、金光様のご信心では、ね、限りないおかげが受けられると言う事になる。ね、だから限りないおかげを頂く事の為に、私共がそういう信心の稽古をするというと、これはぁ大変難しいです。ね、けれども日日の今日今日只今を祈り願い、又はお礼お詫びをさして頂くという稽古を真剣にさして頂いておると。いつの間にかそういうおかげを頂けてくるというのであって、ね。
 これを習うたからもうこれだけが自分の血肉になったというものじゃない。頭で覚えるとか、分かったということならそうだろうけれども、ね、それがありがたいという事が勿体ないという事が、ね、おかげを頂いてありがとうございますとの一言がです、神様にそのまま通うほどしのものになってこなければならないというところにです、いわゆる信心のいわゆるその地味豊かな、
 いわゆる教祖的というかね、それこそ土のような信心とでも申しましょうか、ね、信心の稽古をさして頂いておるというてもです、なんとはなしにコンクリーの上に水をまいたような感じの稽古では、いつまでたっても本当なことにはならん。ね、それがそれこそ土の上に水をまきますと、それがジョーツとその水を吸い込んでしまうような信心、そういう信心が尊いと私は思う。いつの間におかげを頂いてきたのやら、いつの間にこういうおかげを受けたか、分からない間におかげを受けておる。
 私はその実感を昨日の高芝さんのところのご両親の式年祭を終わってのご直会の時に本当に実感した。兄弟、ご親戚も全部二十何名集まっておられました。高芝さん達夫婦はもうそれこそ紋付袴に正装、正装をもって霊祭にその敬謙な態度で奉仕されました。そしてその後ご直会でしたが、ね、子供達が全部来ておりました。家内、子供、みんな引き連れて参っておりました。男兄弟が四人おりますが、一番下の盛昭君だけがまだ独身ですけれども、他は全部妻帯して。
 そしてそれぞれに結構おかげを受けておる様子が、その中から感じられる。横に座っておられました、高芝さんにちょっとどげん考えたっちゃ不思議のうと、こげなおかげ、例えば私ぐらいなもんが、ちいっちょ思うてんのち、私が高芝さんに申しました。つまらん本当私ぐらいな親、私達ぐらいな親でこれだけ、立派に子供達が育って、しかも孫達までこの様に育って、しかもどれがどうという事もない、皆んなもうそれこそ嬉々として日日の生活が出来ておる。
 これは高芝さん達夫婦の信心が、いつの間にかその様なものを育てておる。惟は信心をさせてね五年、十年、二十年と信心を続けていく内にです、金光様のご信心をさせて頂いておりゃもうなんとはなしにおかげを頂くです。もう本当にね、別に金殿玉露のよおうなお家に住んでおるというわけでもなからなければ、いつもそのきんぷを身にまとうとるというわけでもないけれどもです、なんとはなしに例えば私は高芝さん達夫婦がです、お母さんどげん考えたっちゃおかげ頂いとるねと。
 本当にお父さん、とにかく勿体ないことですよと、私は昨日ばっかりは感じただろうと思うです。ね、両親の本当に例えば昨日は両親の御霊様のお喜ばれる状態を私、話聞いて頂いたんですけど、ね。たったこれだけ、例えば霊祭をしょうと思うてもでけんという時代もあった。子供達にあれをこれをと思うても、さぁ孫が来て、ならああもしてやりたいと思うても出来ない時代もあった。けれどもいつの間にかね、いつの間にか、それが足ろうていきよるということ。
 それは土に水が染み込んでいくようにです、なんとはなしのおかげを受けていっておられるということ。そこで私はその実感というものが強うなるということは、お母さんとても私どんぐらいな夫婦、私どんぐらいな信心でこれほどしのおかげを頂いて、なんと勿体ないことではないかという、私はそこからです。今日のこれで申しました、ね、目が覚めたら夜のことをお礼を申さしてもらい、昼のことを願わしてもらい、夜になったら昼のおかげを受けて来た事をお礼申さしてもらい。
 そしてまた休む時には今晩一晩中のことを願うて休めるという、私は信心がですね、本当の意味において出来てき、本当の意味においていよいよ深い広いものになっていくところのおかげ。ね、まぁ二人の高芝さん達のどっちかちいうとのんきなような感じで、まぁあんまり難儀も苦にならんといったようなところがありますですね。やはり信心の徳だと思いますよね。どういうことかというと、も、神様にお縋りしての事だから、親先生のお取次を頂いてのことだから。
 親先生が右と仰ったから右をさしてもらい、左と仰ったら左をさせて頂いてのことだから、といつも心がそういう気味で安らいでおられるのじゃなかろうかと私は思うですね。高芝さん達の場合。ね、これは高芝さんに限ったことではない、合楽にご神縁を頂いて、ね、親先生を親先生として頂いて、お取次を頂いておられる方達はみんなそうだとこう思うんです。私は金光様のご信心はそれだと思うんです。ね、
 そこから、ね、そういう信心の稽古が繰り返されていくところからです、まぁいろんな、ね、これではならんという信心に目が覚めさしてもらうて、ね、このおかげをならどのように表していくかと、この喜びを喜びと感じさせて頂く時にです、ね、この喜びをどのように表現していくかということになってまいりましょうね。信心が段々そこから成長してまいりますと。ここへは信心の稽古へ来るところ、夜夜中、ね。いつどの様な事が起こらんとも限らん。それこそ祈らなければおられない。
 その祈らしてもらわなければおられないそういう心が、ね、つのってくる。そういう心が成長してくるということが信心。そこに願うからには、ね、おかげを頂いてというのは、自ずと付いてくる。様々な難儀なところからお互いに信心の、に入信のおかげを頂くわけですけれども。おかげを頂かしてもろうて、ひとつ本気で信心の稽古をさして頂くという、その信心の稽古をさして頂くひとつのすべとでも申しましょうか、ね。どげんして稽古していいか分からんというのが始めての。
 信心の稽古ちどげんするのと、拝むことを稽古すること。参るだけというだけではなくて、日常生活の中に信心の稽古をさして頂こうと思うと、もう信心の稽古の材料になるものばっかり。今日はどの手で神様が稽古さして下さるだろうかと。そういう生き生きした心でです、ね、いつどのような事態になってくるか分からない、その事態をです、ね。信心の稽古の材料と思うて、ひとつ本気でおかげを頂いていかなければなりません。そこに信心の稽古の楽しみも段々出来て来る。
 そして稽古さして頂いておる内に稽古する様になってからこうというものでもなくてです、五年と十年と信心が続いて行く内にです、我とわが心が拝めれる様にもなり、いつの間にかこういうおかげを受けて来たであろうかと思われる様なおかげが、自分の周囲にです、周辺におかげを感じなければおられない。とにかく私ひとりが本当に有難うなっていく稽古をさして頂けば、その周囲にたくさんの人が有難うならしていく稽古に勤しんでくると言う様なおかげを頂きたいもんだと思うですね。
   どうぞ。